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火打ち袋の香袋

江戸時代の火打ち袋

 マッチやライターなどの便利な火付け道具がまだなかった江戸時代、行軍や旅路へとむかう人々が大切に携えていったのは“火打ち袋”でした。
 袋の中には、火打ち金・火打石そして火口(ほくち)となるガマやカヤ(白い綿毛をつけるイネ科の多年草)の穂などがおさめられ、鋼鉄の火打ち金と硬い石を打ち合わせることで飛び散る火花を、植物の綿毛に移して火をおこす仕組みです。
 マッチという便利な道具が日本で初めて作られるようになったのは、明治維新による鎖国が解かれた後の、明治8年だったといわれていますので、江戸時代の人々にとって火を生み出す火打ち道具は、じつに大切なものだったでしょう。

 今回は、駿河の国(静岡県)の戦国武将・今川義元が所蔵していたといわれる“火打ち袋”の形を模した匂い袋を製作してみましょう。
 当時の男性は、錦や唐木綿・更紗・ビロードなどの布地のほか、革や細かく編んだ籐製のものなど、様々な素材を用いて袋を製作していました。
 携帯するときは腰紐にぶら下げるため根付をつけますが、粋な彫刻のほどこされた象牙や柘植の根付を組紐や銀の鎖でつなげるなど、江戸時代の男性は自分らしい美学で装飾した火打ち袋を携えていたのです。

復元された 「今川義元の火打ち袋」 復元された今川義元の火打ち袋は、白いなめし革製で緒締めには古墳時代の管玉が、また根付には象牙か動物の骨と思われる当時流行の丸環が使用されています。
 さすが後世に名を残す武将だけあり、大変に趣味の良いデザインですね。
 またこの袋表には、漆で和歌が一首と平安時代の歌人であり三十六歌仙の一人でもある源公忠(みなもとのきんただ)朝臣の名前が書かれていますが、書かれている歌の判別と名前との関係は、ハッキリわかっていません。

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