幸せの香りをあなたに

椿に魅せられた人々

「椿の原生林」 安達瞳子の世界の名花「椿物語展」図録より 撮影/桐野秋豊氏

つらつら椿 つらつらに~

『万葉集』 坂門人足(さかとのひとたり)

「巨勢山を越える旅の途中、よくよく見れば可愛らしい椿の花が重なるように咲いている。 ああ巨勢の春野は、なんと素晴らしいことか」

『万葉集』 春日蔵首老(かすがのくらびとおゆ)

「川のほとりを歩きながらふと気付くと、椿の赤い花が点々と重なるように咲いている。ああ巨勢の春野は美しく、いつまで眺めていても飽きることがないなあ」

 万葉集におさめられているこれらの歌は、“つらつら椿 つらつらに”という軽やかなリズムをともなって春を待つ人々の思いをあなたに伝えてくることでしょう。
 大和の時代に人々が行き通った巨勢路とは、当時都であった奈良から和歌山・吉野へと続く道でした。
 奈良の神山・三輪山の麓に位置する町・海石榴(つばいち)は、日本で最初にできた市といわれ旅の交差点として大いに賑わいました。
 またこのあたりは椿の自生地としても有名で、初冬から春にかけて咲き誇る藪椿の赤い花は、霊所といわれる熊野地方へと近づくにつれ山を覆うような大木となり野性味を増していきます。
 巨木となった椿の森をぬけるとき、人々はこの植物から発せられる力強いエネルギーと神秘的な霊気を感じとったことでしょう。

「正倉院宝物の椿杖」 民俗学者である折口信夫先生は“椿は春の木”と語り“山の民が里におりて春を言触れる際に持ち歩いた木”として紹介しています。
 また、日本海側の海岸線沿いにある椿の群生をみて、これらは野生ではなく春を告げる神聖な椿を大切に思った人々が、南から北へと移動し生きる範囲を広げていく中で種を携えおのずから植えていったのだろうと推測しています。

 太古から続く日本の原風景には、春を謳歌する山桜と共に、冬の厳しい寒さにも艶々とした常緑の葉をもって鮮やかな真紅の花を咲かせる藪椿の原生林が存在していたのです・・・。

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