『香り花房・かおりはなふさ』では、日本の香りと室礼文化を研究しています。

香り花房 ー『香りと室礼』文化研究所 ー
恋しい匂い
京都・嵯峨野の祇女桜(ぎじょざくら)

祇王寺/苔むす庭の奥に静かに佇む草庵


 京都・嵯峨野の竹林の中、静かに佇む「祇王寺」は、「平家物語」ゆかりのお寺です。

 時の栄華を自らのものとした平清盛の権力に翻弄されることを拒み、仏門へと身を捧げた4人の女性の庵として、現在でも静かに時が流れます。



『祇王・仏の物語』・・・「平家物語」より

祇女桜 当時、都では歌いながら舞を披露する“白拍子(しらびょうし)”という芸能が流行していました。そして、その美しさと妙技で喝采を浴びていた女性に“祇王・祇女(ぎおう・ぎじょ)”という名の姉妹がおりました。
 なかでも姉の祇王は、平清盛の寵愛を受けお側にひきとられます。
 人もうらやむ華やかな生活を送る祇王家族でしたが、しかし3年後、彼女よりも年の若い“仏御前(ほとけごぜん)”という白拍子の登場により、屋敷を追われてしまうのです。

 屋敷を去っていく祇王は、その心情を和歌に託して障子に書き残していくのでした。
 その後、清盛に仏御前の前で舞を披露するよう命ぜられた祇王は、その屈辱に耐えたのち、21歳で母・妹とともに嵯峨野の奥に隠れ住み、念仏に救いを求めます。
 静かなときが流れる秋の夜、彼女の庵に突然ひとりの女性が訪れました。
 その女性こそ、自分が屋敷を追われる要因となった17歳の仏御前だったのです。
  仏御前は、祇王のはかない境遇をわが身に置き換え、無常な清盛のもとを逃れてきたのでした。
 切々と訴えかける彼女の姿に心を打たれ、互いに深い絆を感じた4人の女性たちは、共にこの小さな祇王寺で心の平安と浄土を願って暮らし、めでたく往生の本懐をとげるのです。


庭に咲く白い“まんじゅしゃげ”

嵯峨野の竹林 京都の嵯峨野は、都の中心から距離をおいた嵐山の奥に位置する山里です。
うっそうとした竹林に囲まれる静かなこの場所は、様々な物語の舞台として登場し、世捨て人が隠遁する地でもありました。
「源氏物語」に登場する光源氏の恋人・六条御息所(ろくじょうのみやすどころ)がこもった「野々宮神社」、身分違いを理由に結ばれることのなかった滝口入道と横笛との悲恋物語の石碑の立つ「滝口寺」、質素な生活に風流を極めた江戸の俳人・向井去来の小さな庵「落柿社(らくししゃ)」、そして、ひっそりと佇む「祇王寺」など・・・。



小さな庵「落柿社」 嵯峨野・あだしの「念仏寺」の石仏/古来より葬送の地だった嵯峨野に散乱し、無縁仏と化していた、八千体を奉っている。


祇王寺の門 私がこの「祇王寺」を訪れたのは、ちょうど大文字の送り火のころでした。
京都の厳しい暑さの中でも、竹やぶに囲まれた木陰にはシットリと涼しい風が吹き抜けます。 滝口寺を抜けて細い坂道をあがった先に、その庵はありました。
苔むす庭が美しい本堂にあがると、彼女達の4体の木造が安置されており、それぞれが穏やかに瞑想するかのようなお顔立ちをしています。
その表情は、この小さな住まいでひっそりと暮らした彼女らの、到達した静かな境地を想像させてくれるのでした。

仏間には、祗王・祗女・母刀自、そして仏御前の木像が安置されています。 残念なことに庭の祇王桜は、枯れてしまいもうありませんでしたが、暗い竹やぶの中に気配を感じて視線をむけると、そこには一匹の真っ白な猫が静かに座っているのでした。
 振り返ったその猫の気品ある面差しが、時を越えて現れた彼女らの姿と重なり、今でも忘れられません・・・。

 祇女桜は、小ぶりの八重咲きで、山桜系の品種のため若葉と一緒に花が開きます。4月の中ごろ、東京の「多摩森林科学園」で見ることができるでしょう。
 高尾の豊かな自然の中にあるこの施設では、2月の中旬から早咲きの桜が開き始め、5月の中旬まで250種2000本もの桜の花を楽しむことができます。

 匂いの強い匂(じょうにおい)“や“駿河台匂(するがだいにおい)”“千里香(せんりこう)”、黄色い色素を持つ“鬱金(うこん)”や緑の“御衣黄(ぎょいこう)”、丁子形の小さな“丁子桜(ちょうじさくら)”など大変に珍しい種類がありますので、気持ちの良い春の日に、お弁当を携えて一度訪れてはいかがでしょうか。

祇王寺の白い猫
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