

楊貴妃の香袋に詰められていたとされる“ジャ香”とは、どのようなものなのでしょう。
白粉にも似た誘惑的な香りをもつこの香料は、残り香に立ち上るとされ、香水の調合には無くてはならないほどの貴重性をしめします。
ジャ香は、中国やヒマラヤ山脈・チベットの高地に生息するオスのジャ香鹿のムスク(生殖腺分泌物)から得られますが、交尾期を迎えたオスは、この香嚢から鼻に付くよう強烈なフェロモンを発散してメスを誘うのです。
オスのみにあるクルミ大の嚢を切り取り乾燥させると、分泌物は顆粒状へと変化していきます。
そのままの状態では我慢できないほどの強烈な悪臭を放つものですが、1万分の1ほどに極々薄く希釈することによって、植物からは決して得られない、魔性的芳香へと変わるのです。
誘惑的なこのアニマルベースの香りは、性をタブー視しなかった古代アラビアの人々の間で大変にもてはやされました。
発汗や強壮の秘薬また、焚香や化粧料、飲食の香りつけなど様々な用途に用いられ、「千一夜物語」に登場しシャーベットの語源ともなった“シャルバート”のように、ジャ香やバラ水で香りつけされた甘い飲み物などが、イスラム圏の国々では広く流行していたようです。
ジャ香鹿は、その貴重性から犠牲となり乱獲されてきましたが、近年では人工飼育が始まり殺さずに採取できるようになってきています。
また、科学者による香りの分析が進み、天然に劣ることの無い合成のムスクが開発されています。
しかしながら、あの鼻が曲がるほどの動物臭の奥に人間の本質を震わせる芳香が潜んでいることを不思議に思うのです。
神経質なまでに清潔がうたわれ、悪臭といわれる香りが排除されつつある現代ですが、これらの香料は永遠に私たちを魅了し続けることでしょう・・・。
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