『香り花房・かおりはなふさ』では、日本の香りと室礼文化を研究しています。

香り花房 ー『香りと室礼』文化研究所 ー
源氏物語の香り

芥子の香り “六条の御息所(ろくじょうのみやすどころ)”

(十六代)永楽善五郎 作/源氏物語五十四帖・「葵」冠香炉 芥子の香りとは、祈祷をする際に“物の怪”を退散させるため焚かれる芥子の実の香りです。
 源氏が愛した女性の中に、身分も高く教養も優れた“六条の御息所”という方がいました。夫であった東宮が亡くなられた後、若い貴公子の憧れであった美しい彼女ですが、拒みながらも年下の源氏の求愛に負け、彼に身をまかせてしまいます。

 この頃彼は、父の后である“藤壺の君”との許されない恋に悩んでおり、その満たされない思いが、同じく年上で高貴な女性である御息所へとむけられたのかもしれません。
 はじめこそ夢中になった源氏ですが、次第に彼女の堅苦しさに足は遠のき、他の女性のもとへとむかってしまいます。そのプライドの高さから浮気者の源氏に対して素直に嫉妬の感情を表すことのできない御息所は、知らず知らず恐ろしい“生霊”となって源氏の愛した女性たちにとりつくのでした。

葵祭 そんなおり、源氏の正妻である“葵上(あおいのうえ)”が懐妊し、無事に男の子を出産するのですが“物の怪”にとりつかれ、必死の祈祷のかいもなく命を落とします。

 実は、賀茂祭りの見物の時に、源氏の美しい姿をひと目見ようとする人々の車争いから“葵上”に侮辱された御息所は、彼女を大変恨んでおりました。
 それ以後、時々正気をなくし、美しい姫君を引き回したり打ち据えたりする悪夢にうなされるようになります。


嵯峨野・野宮神社(ののみやじんじゃ) そして、ふと気付くと祈祷で焚かれる芥子の香りが体中に染み付き、いくら洗ってもとれません。もしや、自分の生霊が葵上にとりついたのではないかと激しく恐れるのです。また、源氏も御息所の中に巫女的な力が潜んでいることをうすうす感じ、その足はますます遠のいていくのでした。
 愛の苦しさに疲れ果てた彼女は、源氏への思いを断つべく、娘に付き添い都を去ることを決意します。

 人を愛したとき、自分でさえ気付いていない心の奥深くに眠っていた感情を見せられてしまうことがあります。御息所は、自分の中に恐ろしい嫉妬の感情がひそんでいることを忌み、その深さにおびえたのでしょう。
 彼女の登場は、物語の恐ろしい場面として読むものの意識を高揚させますが、同じ女性として心に痛みを感じるのは私だけではないでしょう・・・。

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