源氏が愛情をそそいだのは、姿の美しい方ばかりではありませんでした。
高貴な生まれながら、父親亡き後没落し、家屋敷から調度品にいたるすべてが古めかしく、貧しい生活をおくる姫君がおりました。
彼女に夢を抱いた源氏の君は、女房に導かれた部屋の中で、なんとも言えず高貴な「えび香」の香りに触れ、自分の思いに確信を得ます。
「えび香」とは、現代の防虫香のような役割をするもので、様々な香料を粉末または細かく刻んで調合し、衣の袖に落としたり衣装箱や経筒に納めてその効能や香りを楽しんだものです。
彼女の衣から漂う香りの素晴らしさに、源氏の期待はますます高まっていくのでした。
しかしながら一夜を共にした後、雪の光に浮かび上がった彼女の顔は、高い額に長くて赤い鼻という醜いものでした。
彼女の容姿に幻滅した源氏は、次第に足が遠のいてしまいます。
しかし、疑うことを知らないその純朴な心に触れるにつけ、あわれみとも愛おしさともいえない縁の不思議を感じ、いつしか援助の手を差しのべていくことになるのでした。
彼女につけられた“末摘花”という名前は“紅花”のことで、花の頂に咲く花びらを摘み取り赤い染料に用いるこの花の姿が、彼女の赤い鼻に似ているためにつけられました。
すべてにおいて魅力の乏しい“末摘花”ですが、色あせながらも格式のある家柄の方ゆえ、彼女のまわりに漂う高貴な香りは、源氏の心に深く染み込み、やがて終生の面倒をみる特別な女性として迎えられていくのです・・・。
|