『香り花房・かおりはなふさ』では、日本の香りと室礼文化を研究しています。

香り花房 ー『香りと室礼』文化研究所 ー
恋しい匂い
兜に焚き染められた香木

 香水をつけなかったといわれるブランメルですが、戦場へと赴く日本の武将の香りへのこだわりのお話をいたしましょう。

 「仮名手本忠臣蔵」の序幕に<兜改めの場>が、登場します。
 討ち死にした新田義貞の兜を鶴ヶ丘八幡に奉納するため、義貞の侍女であった顔世御前が懐紙を口にはさみ、討ち死にした人々の兜の香りをひとつひとつ聞き、探し当てるという壮絶な場面が繰り広げられます。
 義貞は後醍醐天皇から賜った名香“蘭奢待(らんじゃたい)”を、兜に焚きしめ出陣していったのでした。

正倉院宝物“欄奢侍”/天下の名香として世に知られる このように戦国の世に生き、勝つことが全てだった武将達は、己の最期かもしれない戦場へとむかう時、貴重な香木を兜に焚きしめたと伝えられます。
 おごそかに薫かれた沈香の、高貴で幽玄な芳香は、男達の高まる精神を鎮め、死をも恐れぬ崇高な気持ちへと導いたのでしょうか・・・。

父と香水

野ぶどう この話を思い出すと、私ごとながら父親のことが頭に浮かんできます。
 若き日に海軍へと志願し、横須賀海兵団に入団した父は、大東亜戦争の終戦をもって帰還、その後仕事一筋の人生を送り77歳で他界しました。
 そばによるのも恐ろしいような頑固で会話のない父親でしたが、晩年体調をくずしてから家族との交流が少しずつ親身なものとなり、身近にいた私は話を聞く機会が多くなっていきました。
 父の軍人時代のことに関心を抱いたことはありませんでしたが、親孝行のつもりで付き添い参加した戦友会の旅行の夜に、知らなかった父親の繊細な心を知るのです。


 今から思えば無謀とも言える終戦間近の戦闘体制の中、命の絶えることを覚悟していた父は、わずかな棒給から買い求めた香水を軍服に振りかけ、遺体の収容に迷惑がかからないようにしていた、というのです。
 父と香水というギャップの大きさと、汗と泥・硝煙と死臭の匂いにつつまれた苛酷な戦争の現実が目の前に浮かび、言葉をなくしてしまうのでした・・・。

亡くなった父に捧げた「夢月夜」

 子を宿し育てる性を持った女性は、柔軟ともいえる心を持ち合わせていますが、対し男性はとても頑固と評せられます。
 しかしながら、概して多くを語らない男達の、恐れに立ち向かう孤独な心は、自ら課した「こだわり」を貫くことで、かろうじて支えられているのかもしれません・・・。
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