
2014年5月29日
十薬とはドクダミのこと。
この花の奥に秘められた美しさを教えてくださったのは
花人の川瀬敏郎先生です。
ドクダミはビルの谷間や家の路地など
どこにでも咲いている花ゆえ
気に止めていらっしゃらない方も多いことでしょう。
しかし見方を変えると
まるで一人の女性が
そこに佇んでいるかのように感じられるようになるのです。
川瀬先生の著書『今様花伝書』には、
ドクダミの花に対してこのような文が寄せられています。
「 たたずまいは清楚でも、内に激しいエロスを秘めた花 」
「 カソリックの尼僧を思い出す
花弁に見える四枚の白い包葉は修道女のよう 」
「 もし私が尼僧を主人公にした映画を撮るなら
彼女のうすぐらい部屋の窓辺に
小道具としてどくだみの花をいけておきたい 」
と・・・。
先生は、京都の池坊出入りの老舗花店に生をうけました。
小学生で西行を読むなど早熟な子供の眼差しには
花や草木が人の姿と重なるように存在していたのでしょうか。
かつて先生のお教室で、
机を並べていた方のご不幸を知らされたことがありました。
そんな時、先生は花供養という方法で
彼女の面影をみごとなまでに生け込み
静かにそして言葉少なげにその死を悼むのです。
稀有の美意識と洞察力を持って生まれた川瀬先生の心には
私たちが手を伸ばしても決して触れることのできない何かが見えているのでしょう。
感鋭い感性を持って生まれた未子を溺愛し
またその将来を案じていたお母様は、
大学卒業後、パリに留学していた先生が帰国してすぐに亡くなられます。
「 雨に濡れ、しなだれるあじさいを見ると
ふっと母がそこにいると感じるのです 」
先生のこの言葉は、
紫陽花の季節を迎えるたびに私の心をよぎっていくのです。