2016年4月30日
『日本の香り事始め』 供える
くゆらす
飾る
清める
身に纏う
『日本の香り事始め』 ~その参「飾る」~
あなたの記憶の扉を開いてみると、
幼い日から積み重ねてきた
多くの香りの印象が刻み込まれていることでしょう。
人間がいてそして自然がある
という西洋の考え方に対し、
自然とともに人は存在する
という東洋的思想の中で暮らしてきた私たちにとって、
自然と共に歩むことは当たり前のことであり
また、大きな喜びでもありました。
四季の移り変わりとともに食卓を彩る旬の素材、
順番を待つように咲き始める花々、
山肌を眺めれば芽吹きから若葉そして成長し枯れ落ちるまでの樹々の営みに
人の一生を重ね合わせることもあったことでしょう。
季節を大切に過ごす
日本の人々に継承されてきた五節句の風習には、
自然からはなたれる芳香があふれているのです。
お教室で制作してきた様々な室礼飾りを振り返りながら
四季折々の日本の香りを
ご一緒に思い浮かべてみることにしましょう。
九月九日(重陽・ちょうよう)
九という陽の数字が二つ並ぶ
おめでたい重陽の節句には、
菊花を飾り、
花びらを浮かべた菊酒を飲み、
綿を被せて一晩置いた菊の露で肌をぬぐ う
などして長寿を祈ります。
奈良時代にもたらされた菊の花は、
中国では梅・竹・蘭と共に四君子として敬われていました。
「菊花のポプリ」
菊の花は大変に乾きにくいお花です。
花びらをばらして
重ならないように紙の上に広げ、
温風器の前やコタツの中を利用して乾かすと良いでしょう。
ハッカやセージは
軽くもんで香りをたて
丁子と八角は乳鉢であらく砕いて調合し、
密閉した状態で1~2週間ほど冷暗所で熟成させ
それぞれの香りをなじませます。
すべての香りが混じり合い
香りがひとつに調和しましたら、
お気に入りの器に盛り付け、
紅葉や赤い実などを飾って
菊花の咲き乱れる秋の日を演出してみましょう。
菊は花葉ともに薫り高い植物ですので
あえて香りのオイルは加えずに仕上げ、
古代中国の時代から愛されてきた
菊本来の清らかな香りを楽しむことにいたしましょう。
有職飾り「錦秋の薬玉」
大輪の菊に
赤もみじ・黄色イチョウ
そしてススキや小菊など
季節を彩る草花を合わせ、
淡路結びをほどこした六色の組紐で構成した薬玉飾り。
紐はスゥッと長く下へと垂れ下がり、
床になびく様が大変優雅でしょう。
普段なかなか目にすることのない有職飾りを、
ぜひ暮らしに取り入れて欲しいという思いから
製作してみました。
その色彩は極彩に近いもので構成され
また、陰陽道とも深く結びつき独特の美しさを放っています。
重陽の節句飾り 「茱萸嚢(しゅゆのう)」
古代中国では
9月9日の重陽節に、
実のついた山茱萸の枝を頭に挿して小高い山に登り、
気持ち良い秋の風に吹かれながら
菊酒を飲んで災いを払う風習がありました。
これが日本へと伝わり、
奈良平安時代の宮中では
菊花と赤い実をつけた山茱萸の造花を
“あわじ結び”を施した美しい袋に飾る
『茱萸嚢』が作られ、
翌年の端午の節句の薬玉飾りと
掛け替えるまで
自邸の御帳台の柱に吊るし魔除けとしました。
茱萸嚢の中には
乾燥した“呉茱萸/ごしゅゆ”の実をおさめます。
ピリッとした独特の強い芳香には
虫を遠ざけ毒を消し去る力が秘められおり、
辛みが強い程に良品といわれ
邪気や病い・湿気までを取り除く力が
みなぎっているとされています。
「寒椿の香袋」
日本の全土に自生する椿の花は、
その昔ヨーロッパへと渡り
エキゾチックな“東洋の薔薇”と称されました。
フランスの小説家デュマの綴った『椿姫』は、
高価な椿を毎日取り寄せ飾った
美しい娼婦マルグリットの悲しい恋の物語です。
青年アルマンの真実の愛に気付くも
不治の病にかかり、
椿の花がポトリと地面に落ちるように
その美の絶頂で息絶えたマルグリット・・・。
彼女の髪に飾られた東洋の薔薇をイメージし、
白檀をベースに
オールドローズの香りを合わせて
椿香の香りといたしましょう
「五穀豊穣の稲穂飾り」
11月23日に執り行われる「新嘗祭」は、
その年に収穫された穀物に感謝を込めて
神様にお供えをし、
天皇自らも新穀をはじめて口にされる宮中行事です。
農耕民族である日本の稲作は、
縄文時代からはじまりました。
お米は精霊が宿る神聖な穀物として、
日本人の精神に特別な思いを持って
刻み込まれていくことになります。
今年収穫された稲穂と榊葉をもちいて
「五穀豊穣の稲穂飾り」を製作しましょう。
重たげに穂を垂れる稲を
一本一本清めていくと、
どこか懐かしいような稲藁の匂いにつつまれ、
幼い日に父の田舎で遊んだお米の収穫の風景がよみがえってきます。
パンやスパゲッティなどが
食卓に並ぶようになり、
毎日食することのなくなったお米ですが、
旅先の車中からながめる田んぼの風景は
いつも私の心を和ませてくれます。
爽やかな5月の風に揺れる水面の早苗、
天に向かって伸びゆく初夏の若草、
重たげに穂を垂れ実りにさえずる雀たち、
そして収穫の後の静まり返った田の風景。
季節とともに変わりゆく
その風景に触れるたび、
自然の摂理がかくも正しく巡回しているように感じ
心は安堵するのでしょう。
日本の原風景といえる稲田は、
これからどうなっていくのでしょうか。
できることならば未来の子供たちとも
この感慨を共有したいものと願います・・・。