日本の香りと室礼

目次

その参「飾る」

九月九日(重陽・ちょうよう)

伝統に生きる香り 「香道」

日本には「茶道」「華道」「香道」という三つの道がありますが、
そのなかでも最も古い歴史を誇るのが「香道」で、
室町時代にはじまり江戸時代中期に隆盛を極めました。
しかしながら茶道や華道にくらべて、
どこかなじみが薄く難しそうに感じる方が多いのも事実でしょう。
今回は沈香といわれる木片そのものを焚き、
立ち上る神秘的な芳香を鑑賞するという世界に類のない香り文化に触れ、
日本の伝統に潜む美意識をのぞいてみることにしましょう。

「秋草鶉図」 金地彩色屏風 酒井抱一画  江戸後期  山種美術館蔵
「秋草鶉図」金地彩色屏風
酒井抱一画 江戸後期 山種美術館蔵
~聞香 「月見香の会」~

夜空にうかぶ月の満ち欠けに心惹かれる長月(九月)の頃、
お教室に通われている生徒さんと親しくして頂いている方々とともに
香道研究家の林煌純(はやしきすみ)先生をお招きして、
本格的な組香の勉強会を開催しました。
皆さまをお迎えするにあたり
秋の室礼をととのえさせていただきましたので、その様子もご覧ください。

それでは、お時間となりましたので席入りをしていただきましょう。
日本の秋の豊かな彩りを表現した「有職飾り錦秋の薬玉」が皆さまをお迎えします。

「有職飾り・錦秋の薬玉」「有職飾り・錦秋の薬玉」

雲鶴金蒔絵の美しい桑製平卓には、
鎌倉でもとめた「菊尽し蒔絵平香合」を飾ります。

「時代菊尽くし蒔絵平香合」「時代菊尽くし蒔絵平香合」
「金ぼかし檀紙紙釜敷」山崎吉左衛門(人間国宝)
「雲鶴金蒔絵桑製平卓」

香道研究家 林煌純(はやしきすみ)先生をご紹介ののち
本日の組香「月見香」が始まります。

乱れ箱には
美しく灰の整えられた青磁聞香炉・重香合・香筋建・銀葉盤・手記録紙などが

香道研究家 林煌純(はやしきすみ)先生
香道研究家 林煌純(はやしきすみ)先生
林先生は千有余年にわたり練香の秘伝を伝える大内山家にて研磨を重ね、香道が確立された室町以前の薫香の哲学を学び、その精神を継承しています。平成二十年の「源氏物語千年紀」に際しては、国立能楽堂の能舞台で初の試みとなる香莚(こうえん 香席の意)を行われました。

自らの美しい筆で、皆様にご用意いただいた料紙が配られます。
香炉から立ち昇る雅な香木の芳香は、
焚き始めるそのそばから室内を満たし厳かな雰囲気へと私たちを誘うのでした。

~月見香~
「月ごとに 見る月なれど この月の こよひの月に 似る月ぞなき」 村上天皇御製 「続古今和歌集」 宮中ではじめて観月の会を催されたとされる村上天皇の御製
「続古今和歌集」村上天皇御製
「月ごとに 見る月なれど この月の こよひの月に 似る月ぞなき」
宮中ではじめて観月の会を催されたとされる村上天皇の御製

月見香には「月」と「客」と名付けられた二種類の香木が用意されます。
そのうちの一つの香り「月」を試聞きし各自が記憶に留め、
次に「月」「客」それぞれの香木を三包ずつ合計六包の包みを打ち交ぜ、
そのうちの三包を無作為に取り出し順番に炷いてきます。
参加者は、香元より回ってくる香炉の香りを聞き次客へとおくります。

香木の香りはとても繊細です。
ゆっくりと鼻から吸い込み、心静かに身体全体で感じ取るようにして聞きましょう。
各人が香りの印象を「月」か「客」か判断し、
答えを月と思えば「「月」と、「客」の香りと思えば「ウ」と記録していきます。
三回まわってくる香木の答えは、日ごとに変わりゆく月の姿に重ねて表現されました。

【観賞】
月月ウ 「待宵」 満月の前日の月
月月月 「望月」 満月
ウ月月 「十六夜」 満月よりやや遅れて登る翌日の月
月ウ月 「水上月」 水面に映る月
ウ月ウ 「木間月」 木と木の間からのぞむ月
月ウウ 「夕月夜」 早い時刻にのぼる月
ウウ月 「残月」 遅くにのぼり明け方まで残る月
ウウウ 「雨夜」 月の姿のない雨の夜

答えを記した手記録紙が集められます。
皆さまの正解率の多さに先生も感心しかり、日頃のお勉強の成果があらわれましたね。

ゆったりとした時の流れるまま二時間あまりの香会も無事に終了しました。
それでは席をあらためまして、美味しい点心をいただきましょう。

今回は重陽節句にあわせ「菊酒」をご用意させていただきました。
タップリの菊花に丁子と大回香を漬け込んだ薬酒で、
皆様の健康とご長寿を祈って作りました。

重陽の霊酒「菊酒」重陽の霊酒「菊酒」
重陽の霊酒「菊酒」
青森県八戸産食用菊「阿房宮(あぼうきゅう)」・日本酒・丁子・大茴香
豊かな秋の食卓にフワッと薫る菊のお酒をお届けしましょう。作り方はとても簡単です。新鮮な菊花の花 びらをむしって器に詰め、日本酒と香辛料を加え半日ほど置き菊の芳香が程好くうつったら完成です。ど うぞ冷たくして花びらをソッと浮かべてお召し上がりください。

広縁には、まだ穂の固い薄など秋の野花を生け込みました。
その昔、冠を置いたという「秋草蒔絵の冠卓」を花台に
「菊蒔絵鼓胴の花入れ」をもちいています。

「菊蒔絵鼓胴花入れ」 江戸時代後期 「秋草蒔絵二段冠卓」
「菊蒔絵鼓胴花入れ」江戸時代後期
「秋草蒔絵二段冠卓」
薄・鳥兜・河原撫子・小手毬照葉などの秋草

最後に、林先生より私に本日のお題となった和歌の短冊と
調合された塗香を贈られ感激です。

早くからご準備のためにお越しいただき、
「極上の伽羅」そして初使いのお道具までご用意頂きまして、心より感謝申し上げます。

最後に皆さまと記念撮影をして、無事に会も終了しました。

香炉の温もりを両手に感じ、
眼を閉じ五感を研ぎ澄まして聞いた沈香の香りは
雅とも幽玄とも表現されるほどに奥深く、皆さまの心に印象づけられたことでしょう。

年々貴重になりつつある香木に触れる大切な時間となりました。
敷居が高いといわれる香道の世界ですが、
機会がありましたら是非ご参加されますことをおすすめいたします。
ありがとうございました。

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