邪気を払うといわれる薬草”菖蒲葉”と、
礼法から生まれた折形を組み合わせたデザインです。
折型とは、室町時代の武家社会において
和紙に包んで贈り物をするという大切な礼節として誕生し、
包む中身によって多種多様な造形が生み出されました。
特徴的なシボの入った高級和紙”檀紙”と
布で作った菖蒲の若葉、爽やかな新緑の楓をあわせ、
白と緑のシンプルながら格調高いお飾りへと仕上げていきます。
守り札に仕立てた紅の奉書紙には菖蒲のオイルをふくませましょう。
平安時代、ひとびとは季節をいろどる花や木の枝を手折り、
贈り物や手紙に添えて届ける風習がありました。
当時の手紙は、通常和歌という形で交わされますが、
寝殿造りの屋敷の中で女御に守られるように暮らす姫君に恋する公達にとって、
姫君と心を通わせる唯一ともいえる方法が文を交わすことだったのです。
愛しいと思う心をより印象的に伝えるためには、
巧みな和歌の力量はもとより、文字の美しさ、墨の色、紙の質や色合い、
そして焚きしめる香から添える枝の趣向まで、手紙にはさまざまな要素が要求されました。
美しい花を愛する女性に捧げるというロマンティックな行為は、
西洋を問わず太古の昔からおこなわれてきたことでしょう。
繊細な心をもって情感深く暮らしていた王朝の貴族たちは、
一片の文にあらゆる美意識を盛り込めました。
そのひとつが文に添える折り枝だったのです。
当時はこのように、季節の花などを文に添えて贈ることが習わしでもありました。
源氏物語には、梅・桜・藤・橘・玉笹・常夏(なでしこ)・朝顔・菊・りんどう・紅葉など
様々な折り枝が場面を彩ります。
また源氏物語より五十年ほど前に書かれた「宇津保(うつぼ)物語」には、
じつに面白い折り枝が登場し、たいへん興味をそそられますのでご紹介しましょう。
この物語は、竹取物語と同様にフィクションで構成された長編物語です。
天からさずかった琴を子孫へと伝承する一族の数奇な運命を背景に、
王朝人の華やかな恋模様が繰り広げられていきます。
中でも求婚者が絶えない美しい姫君”貴宮(あてみや)”のもとには、
恋焦がれる公達たちより工夫をこらした様々な文が届けられるのでした。
宇津保物語には、このように植物に直接和歌をしたためる文も登場します。
蓮やススキの葉に書く事は可能かもしれませんが、
桜や藤の花びらに書き付けることはフィクションゆえの趣ある描写といえるでしょう。
また、宇津保物語ならではのユニークな文の形も登場します。
夫の訪問が久しく途絶えている妻が、その寂しさを息子に嘆く歌です。
栗・橘・柑子などの実をくり抜いて中に文を入れて投げるという
他にはみられない独特の表現がなされているのがとても面白いところですね。
紫式部は未熟ながらも自由に満ち溢れた「宇津保物語」に多くのヒントを得て
「源氏物語」という長編小説を生み出したと伝えられます。
室町時代から武家社会に伝わる折り形のデザインを、
押し絵の手法を用いて雅なお飾りへと仕上げていきましょう。
「端午の節句」の折形「粽(ちまき)用きな粉包み」は、
お祝いにふるまわれるお餅や粽に添える“きな粉”を包む紙折りです。
男児が健やかにたくましく成長することを願い考えられたこの折り形は、
菖蒲とも粽を模しているともいわれますが、
私には武士の剣の剣先のようにも思われます。
表裂地には菖蒲の若葉を連想させる
萌葱(もえぎ)色の有職裂(公家の衣服や調度品に用いられる文様裂)を、
また裏裂には男児の元気あふれる若々しさを縹(はなだ)色の絹もってあらわし、
紫と白二色使いの伝統的花結びをそえて仕上げました。