日本の香りと室礼

目次

その参「飾る」

五月五日(端午・たんご)

「五月の平薬(ひらくす)」
「五月の平薬(ひらくす)」
『懸物圖鏡(かけものずかがみ)』 西村知備(にしむらともなり)著
「兜包みの五月飾り」
「兜包みの五月飾り」 檀紙・絹裂・楓・守り札・菖蒲オイル
「兜包みの五月飾り」
檀紙・絹裂・楓・守り札・菖蒲オイル

邪気を払うといわれる薬草”菖蒲葉”と、
礼法から生まれた折形を組み合わせたデザインです。

折型とは、室町時代の武家社会において
和紙に包んで贈り物をするという大切な礼節として誕生し、
包む中身によって多種多様な造形が生み出されました。

特徴的なシボの入った高級和紙”檀紙”と
布で作った菖蒲の若葉、爽やかな新緑の楓をあわせ、
白と緑のシンプルながら格調高いお飾りへと仕上げていきます。
守り札に仕立てた紅の奉書紙には菖蒲のオイルをふくませましょう。

「包結記(ほうけつき)」 伊勢貞丈(いせさだたけ)著 復刻版二冊組 淡交社「包結記(ほうけつき)」 伊勢貞丈(いせさだたけ)著 復刻版二冊組 淡交社
「包結記(ほうけつき)」伊勢貞丈(いせさだたけ)著 復刻版二冊組 淡交社
江戸時代、武家社会では様々な礼法が重要視されました。
足利尊氏の厚遇を得た伊勢貞丈(いせさだたけ)が著した「包結記(ほうけつき)」には、様々な進物を紙で包む作法や装飾のための結び方が記されており、当時を知る資料としてまた、結びを解読するバイブルとして大変有名な書物です。
「杜若の結び文」
「杜若の結び文」 薄絹(紫・白・群青・緑)楓・薄様和紙・青山椒・桂皮・丁子など
「杜若の結び文」
薄絹(紫・白・群青・緑)楓・薄様和紙・青山椒・桂皮・丁子など

五月の爽やかな風の流れる湿地に
紫のグラデーションを描くように咲き乱れる杜若。
この花は多くの芸術家に愛された姿美しい名花といえるでしょう。

「燕子花図屏風」左隻 尾形光琳 筆 /  18世紀 根津美術館蔵「燕子花図屏風」左隻 尾形光琳 筆 / 18世紀 根津美術館蔵

この作品は、
濃き紫と青・白の美しい薄絹をもちいて花びらを丁寧に一枚ずつ縫い上げ、
真っ直ぐに伸びる細葉を加えて仕上げた杜若の花に、
一枝の青楓の若葉を添え、根元には薄様の和紙に香をしのばせた“結び文”をあしらいました。

杜若のお花を組み上げました杜若のお花を組み上げました

結び文とは古来の手紙の様式のひとつで、
季節をいろどる花や木の枝を手折り、
贈り物や手紙に添えて届けるなんとも風情あふれる習わしです。

杜若の結び文の香には、
五月から六月にかけて出回る“青山椒の実”に桂皮や丁子を合わせて調合しました。

初夏にひと月ほど出回る青山椒の実初夏にひと月ほど出回る青山椒の実

その香りはじつにすがすがしく、
杜若・青楓・青山椒と季節を同じくする者同士
大変相性の良い組み合わせとなりました。

~結び文~

平安時代、ひとびとは季節をいろどる花や木の枝を手折り、
贈り物や手紙に添えて届ける風習がありました。
当時の手紙は、通常和歌という形で交わされますが、
寝殿造りの屋敷の中で女御に守られるように暮らす姫君に恋する公達にとって、
姫君と心を通わせる唯一ともいえる方法が文を交わすことだったのです。
愛しいと思う心をより印象的に伝えるためには、
巧みな和歌の力量はもとより、文字の美しさ、墨の色、紙の質や色合い、
そして焚きしめる香から添える枝の趣向まで、手紙にはさまざまな要素が要求されました。

~折り枝(添え枝)~

美しい花を愛する女性に捧げるというロマンティックな行為は、
西洋を問わず太古の昔からおこなわれてきたことでしょう。
繊細な心をもって情感深く暮らしていた王朝の貴族たちは、
一片の文にあらゆる美意識を盛り込めました。
そのひとつが文に添える折り枝だったのです。

「源氏物語図衝立 初音」伝 狩野養信筆 江戸時代 石山寺蔵
「源氏物語図衝立 初音」伝 狩野養信筆 江戸時代 石山寺蔵
光源氏の娘”明石の姫君”のもとに、離れて暮らす実母”明石の御方”から新年にふさわしい五葉松に作り物のうぐいすが添えられた文が届き、源氏が返事を書くよう促す場面が描かれる。

「年月を まつにひかれて ふる人に 今日うぐいすの 初音きかせよ 」明石の御方 ~長い年月を待ち続けて暮らしてきました老いた母に、うぐいすの初音(元旦の姫のお言葉)をお聞かせください~

当時はこのように、季節の花などを文に添えて贈ることが習わしでもありました。
源氏物語には、梅・桜・藤・橘・玉笹・常夏(なでしこ)・朝顔・菊・りんどう・紅葉など
様々な折り枝が場面を彩ります。

また源氏物語より五十年ほど前に書かれた「宇津保(うつぼ)物語」には、
じつに面白い折り枝が登場し、たいへん興味をそそられますのでご紹介しましょう。

「宇津保(うつぼ)物語」

この物語は、竹取物語と同様にフィクションで構成された長編物語です。
天からさずかった琴を子孫へと伝承する一族の数奇な運命を背景に、
王朝人の華やかな恋模様が繰り広げられていきます。
中でも求婚者が絶えない美しい姫君”貴宮(あてみや)”のもとには、
恋焦がれる公達たちより工夫をこらした様々な文が届けられるのでした。

「宇津保物語・俊蔭」全訳注 講談社学術文庫
「宇津保物語・俊蔭」全訳注 講談社学術文庫
平安中期に執筆された全二十巻の長編物語 作者不明
五月五日に菖蒲の長く白い根を添えて 「涙川 水際(みぎは)の あやめ引く時は 人知れぬ ねのあらはるるかな」
おもしろき藤花の巻き付いた松の枝を折り、花びらにしたためる 「奥山に いく世経るぬらん 藤の花 隠れて深き 色をだに見で」

宇津保物語には、このように植物に直接和歌をしたためる文も登場します。
蓮やススキの葉に書く事は可能かもしれませんが、
桜や藤の花びらに書き付けることはフィクションゆえの趣ある描写といえるでしょう。
また、宇津保物語ならではのユニークな文の形も登場します。

雁の子(卵)に書きつく 「 卵(かひ)のうちに 命こめたる 雁の子は  君が宿にて かへらざんなん 」
栗を見たまえば中を割て身を取りて、檜皮色(ひはだ色・黒みかかった蘇芳色)の色紙にかく書きて入れたり 「行くとても 跡を留めし 道なれど ふみすぐる世を 見るが悲しさ」

夫の訪問が久しく途絶えている妻が、その寂しさを息子に嘆く歌です。
栗・橘・柑子などの実をくり抜いて中に文を入れて投げるという
他にはみられない独特の表現がなされているのがとても面白いところですね。
紫式部は未熟ながらも自由に満ち溢れた「宇津保物語」に多くのヒントを得て
「源氏物語」という長編小説を生み出したと伝えられます。

「折形の端午節句飾り」
「折形の端午節句飾り」
「折形の端午節句飾り」
有職文様裂・絹裂(縹色)・打紐(白・古代紫)・装飾金具・厚紙・綿 など

室町時代から武家社会に伝わる折り形のデザインを、
押し絵の手法を用いて雅なお飾りへと仕上げていきましょう。
「端午の節句」の折形「粽(ちまき)用きな粉包み」は、
お祝いにふるまわれるお餅や粽に添える“きな粉”を包む紙折りです。
男児が健やかにたくましく成長することを願い考えられたこの折り形は、
菖蒲とも粽を模しているともいわれますが、
私には武士の剣の剣先のようにも思われます。

表裂地には菖蒲の若葉を連想させる
萌葱(もえぎ)色の有職裂(公家の衣服や調度品に用いられる文様裂)を、
また裏裂には男児の元気あふれる若々しさを縹(はなだ)色の絹もってあらわし、
紫と白二色使いの伝統的花結びをそえて仕上げました。

「様々な折形」
「様々な折形」
右上・ちまき用きな粉包み 左上・うさぎの粉包み
右下・鶴の粉包み 左下・弔事の胡麻塩包み
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