日本の香りと室礼

目次

その参「飾る」

三月三日(上巳・じょうし)

「三月の平薬(ひらくす)」
「三月の平薬(ひらくす)」
『懸物圖鏡(かけものずかがみ)』西村知備(にしむらともなり)著

春を迎えての待ち遠しい節句“ひな祭り”。
幼い頃、ひな壇に行儀よく並べられたお雛様を
飽きずにジッと見つめた思い出がある方も多いことでしょう。
雛祭りは春の訪れを祝う祭りでもありました。
明るくふりそそぐ陽射しとともにソヨソヨと流れくる春の予感を感じつつ
芽生えに包まれる季節の巡りを祝いましょう。

有職飾り 「春景・桜の平薬(ひらくす)」
「桜の平薬」桜・桜の若葉・猫柳・六色打紐・メジロのヒーリングバード「桜の平薬」桜・桜の若葉・猫柳・六色打紐・メジロのヒーリングバード
「桜の平薬」桜・桜の若葉・猫柳・六色打紐・メジロのヒーリングバード

柔らかな若葉とともに日本列島を南から北へと埋め尽くしていく山桜。
甘い花の蜜を求めて枝から枝へと飛びかう小鳥とともに、
輝く春の微笑ましい情景を平薬に表現してみましょう。
本物と見紛うほどに愛らしいメジロのヒーリングバードを添えて
そのさえずりに耳を傾ければ、
自然の野山の情景が浮かび上がってくることでしょう。

「天平の花喰い鳥」
「正倉院の花喰い鳥」「横目扇(よこめおうぎ)」林美木子作
「正倉院の花喰い鳥」「横目扇(よこめおうぎ)」林美木子作
頭には繊細な蓮花型に作られた銀の天冠を、尾には尾長鶏の様に三種の天然羽毛をなびかせ華麗さを演出してみました。赤いクチバシには、真珠の花弁に輝石をはめこんだ花枝をくわえています。軽やか鈴の音とともに舞い降りる招福鳥は、あなたのもとへと幸せを運んでくることでしょう。

ともに飾った扇は京都在住の大和絵作家・林美木子さん作の「横目扇」です。横目扇とは奈良平安時代の宮中における身だしなみのひとつで、少年の持つ彩色をともなった杉の薄板(横目)の扇のことをさします。銀座のギャラリーで先生の作品に出会い、その王朝美の繊細な美しさに目を奪われ制作をお願いしました。お父様は「桐塑人形」の重要無形文化財保持者(人間国宝)林駒夫氏。

正倉院御物に見られる華やかな天平時代の文様は、
いつの世でも人々に喜びと感動とを与えてくれます。
中でも小さなクチバシで花をついばむ ”花喰い鳥文様” は、
その愛らしい姿とオリエンタルな趣で大変人気のあるデザインといえるでしょう。
クチバシに植物の枝をくわえた鳥の意匠は、
聖書にあるノアの箱舟の物語に登場する
オリーブをくわえた小鳥に由来しているともいわれます。
今回は、ぼかし染めされた古布に薄綿を被せて作る”押絵”という手法を用いて
眺めているだけで心温まる小さな花喰い鳥をつくります。
尾には三種の天然の羽根をつけて華麗さを演出しました。

「天平の花喰い鳥」
「天平の花喰い鳥」
型を取りそれぞれのパーツを組み合わせて仕上げていきます。
【材料】一羽分
スチロール球(φ6センチと3センチ) 各1/2ヶ
正絹ぼかし古布 25×18センチ
紅絹古布(裏当て用) 16×12センチ
紅絹古布(クチバシ用) 6×3センチ
飾り花枝(パールビーズ製) 1本
装飾金物三種 (花天冠・緑短ピン)
  (鈴)
  (丸菊)
各1ヶ
2ヶ
2ヶ
尾羽根三種(天然物) 適宜
その他 型紙・綿・厚紙・ボンド・
絹糸・針・ハサミ・カッターなど
~正倉院の美しき文様~

今年も奈良で「正倉院展」が開催される運びとなりました。
繊細で美しい宝物の数々は千二百年のときを経てもなほ、
揺るがない光を放ち私たちを魅了してやみません。
今回は二点の正倉院裂を観察しながら
日本の染色文化の歴史を覗いてみることにしましょう。

今から千二百年前に日本へともたらされた様々な裂地には、
見たこともない鳥や獣、抽象化された華麗な植物などが描かれており、
その躍動感あふれる美しさに
天平の貴族たちの心は激しく揺さぶられるのでした。
飛鳥奈良時代以前の日本には無地や縞また幾何学的文様を施した
簡素な印象の布しかなかったと考えられています。
高度な技術と多くの手間を要する染織品は、
現代のように手軽に様々な裂地を手にできる私たちには考えられないほどに
貴重なものだったといえるでしょう。

「紺地花樹双鳥文 夾纈施几褥」
「紺地花樹双鳥文 夾纈施几褥」(こんじかじゅそうちょうもん きょうけちあしぎぬのきじゅく)正倉院裂
「紺地花樹双鳥文 夾纈施几褥」正倉院裂
(こんじかじゅそうちょうもん きょうけちあしぎぬのきじゅく)
”褥(じゅく)” とは敷物のことで、この布は供物台など卓上に敷かれたものと思われます。蓮のような花座の上に向き合う相対の水鳥と中央には満開に咲き誇る花を抱いた樹が描かれ、その様子は天空にある楽園をあらわしているといわれます。

聖なる樹の下に動物や鳥などが描かれた文様を「樹下双獣文」”といいます。
そのデザインはササン朝ペルシャ(現イラン)からシルクロードを経て日本へと伝えられました。
当地のイランでは歴史を通じて争いが絶えず
また、砂漠という厳しい気候風土による劣化がひどいため
当時の遺物は皆無といっても良いでしょう。
故に、校倉造りの建物に勅封という制度の元保存されてきた
正倉院の御物の貴重性がことのほか際だつのです。

色彩も見事に 赤・黄・緑・紺・白 と染め分けられたこの几褥は、
”夾纈(きょうけち)”という、
布を二つまたは四つ折りにし板に挟んで一色ずつ色を入れていく
という大変難しい技法で染められていますが、
この染色法は一説に玄宗皇帝に使えていた女官の妹の発明と伝えられます。

「紅臈纈施等雑貼」
「紅臈纈施等雑貼」(べにろうけち あしぎぬとうざっちょう)正倉院裂
「紅臈纈施等雑貼」正倉院裂
(べにろうけち あしぎぬとうざっちょう)
円状にデザインされた葡萄唐草,中央には翼を大きく広げ片足を上げて今にも飛び上がらんとする鳳凰、そして葡萄の房飾りのついた四角い花文、これらが交互に配された美しい赤が印象的なこの裂は、衣服に用いられていたものと伝えられます。

月日の経過とともに縫い目からホツレ裂かれそしてバラバラとなったこの布は
現在は断裂として他の裂地とともに「雑帳」に貼られ保存されています。
格調高い鳳凰文様は、
溶かした臈を塗った版型を布に捺し防染してから染色する”臈纈(ろうけち)”
という奈良時代盛んに行われた技法で染められています。

~日本の染織物~

日本の染織物文化はいつごろ始まったのでしょうか?
古代日本では布作りに先立ち植物の茎や樹皮をからげて
細く長い丈夫な縄をよったり交互に編んだ籠などが作られました。

五千五百年前の縄文遺跡(青森・三内丸山遺跡)から見つかった小さな編籠は、
中から半分に割れたクルミの殻が発見されたことにより
”縄文ポシェット”として注目をあびました。
たぶん籠の左右にヒモをつけ肩や首から吊り下げ使用したのでしょう。
素材は当初、畳の材料となるイグサと思われていましたが、
研究の結果ヒノキの樹皮をヒモ状にして編んだものと判明しています。

「縄文ポシェット」三内丸山遺跡
「縄文ポシェット」三内丸山遺跡
巾十センチ・高さ十六センチという小振りな大きさから、縄文時代の幼い少女が身に付け、籠いっぱいに栗やクルミ・栃の実などを拾い集めて家族の元へと届けたのかもしれません。

湿地帯のゴミ捨て場らしき場所から発見されたこの籠は、
空気にいっさい触れず埋もれ続けたという奇跡によって、
五千年後の私たちの眼の前に姿を現すことになったのです。

また、現在日本最古といわれている織物は、
二千年前の弥生時代前期・有田遺跡(福岡)から見つかりました。
染織物の保存はきわめて難しく、歴史をたどることは不可能と言われていますので、
弥生以前にも織物は存在していたことと思われますが
発見された織物はたいへん小さな断片で、
柄の長いカマのような形をした”銅戈(どうか)”という
相手を引き倒す武器の刃の部分に付着している状態で発掘されました。
布は絹製で経糸と緯糸を交互に織りあげる「平織り」
という基本的な技法で織られたものでした。

織物とは、まず植物の茎や幹の繊維・蚕のマユなどから糸をとりだす作業から始まります。
細い糸は、より合わされることで長く丈夫な糸となり、
これを機にかけ経糸・緯糸で織り上げることで一枚の布が仕上がり、
さらに裁断・縫い合わすことで用途にそった姿へと変化していくのです。
身体を保護する衣服や足を守る靴、寒さをしのぐための掛け物
さらに儀式をつかさどる敷物や幡(ばん)などの装飾品や祭りの衣装、
また貴重な玉や鏡など大切な品を納める袋、
など丹精込めて織られた布地を用いて様々なものが作られていったのでしょう。

それでは次に、色彩や文様はどの段階で加えられるのか考えてみましょう。
その方法は大きく別けて三種類に分類されています。

一、「先染め」・・・あらかじめ染めた色糸をもちいて織る方法 二、「後染め」・・・織り上げた布に色や模様をつける方法 三、「加飾方法」・・・美しさを更に際立たせるために施すこと

三番目の「加飾方法」には、
刺繍・アップリケ・描絵(絵を描く)・摺箔(金箔を貼る)などの方法があります。

国宝 「天寿国曼荼羅繍帳」 (てんじゅこくまんだらしゅうちょう)奈良県・中宮寺国宝「天寿国曼荼羅繍帳」奈良県・中宮寺
(てんじゅこくまんだらしゅうちょう)

奈良の中宮寺には、
飛鳥時代(622年)に制作された”繍仏(しゅうぶつ)”が保存されています。
繍仏とは、刺繍で仏像や仏教的主題を表し荘厳するもので、
その起源はインドにあり日本へと伝わりました。

日本最古といわれる「天寿国曼荼羅繍帳」は、
聖徳太子の妃が太子の死を悼み、
せめて太子のおられる天寿国(西方にあるという極楽浄土の国)のありさまを
見たいという願いから、
宮中の采女らの手によって刺繍されたものなのです。
制作当時は、縦二メートル・横四メートルの帳(とばり)を二枚横につなげ
寺の柱に幕のように張ったと伝えられますが、
現在残るのはその断片のみで、つなぎ合わせ額装されています。
本歌は当時を知る貴重な遺物として国宝に指定され奈良国立博物館に寄託されていますが、
レプリカが中宮寺に飾られていますのでぜひご覧下さい。
レプリカとはいえ一針一針縫い目を拾って描かれたその精緻な刺繍を見ると、
太子を亡くされた妃の悲しい思いが伝わり心が揺さぶられることでしょう。

私は今まで世界の人々の祈りの場である
神社・仏教寺院・聖教会・イスラムモスクなどを訪れてきました。
建物の中に足を踏み入れると不思議と心が高揚するのを感じます。
そしてそこで祈る人々を眺めることで
一瞬にして彼ら異国の人々の生きてきた背景に触れる事になるのです。

かつてメキシコの教会でこのようなことがありました。
高い天井の美しい堂内に入ると壁面に飾られたマリア像に手を合わせ
ボロボロと涙を流しながら大きな声で訴え叫ぶ男性がいるのです。
あまりの光景に私はつい立ち止まりジーと見つめ続けてしまったのですが
不思議なことに周りにいる人びとは誰も彼に注目することはありませんでした。
そして彼もまた、祈りが終わると涙をぬぐい何事もなかったかのように立ち去っていったのです。
国が違えば宗教が違い、生きる環境が違い、そして考え方も表現も違います。
しかしその姿はどの国に赴いても尊くそして美しいと感じるのです。
この世で一番清らかなのは人間の祈る姿かもしれません。
聖徳太子への思いとともに制作された「天寿国曼荼羅繍帳」を見詰めると、
后のせつない祈りのお姿が浮かびあがり、言い知れぬ感慨に包まれるのでした。

最後に、このようにシルクロードを経てもたらされた色鮮やかで美しい品々は、
生涯訪れることのない遥か遠い異国への憧れをふくらませるものでした。
飛鳥奈良時代の貴族は、
民族も宗教も全く違う人々の手で生み出された
これら大陸の雄大な染織文化を積極的にとりいれました。
そしてそれを引き継ぐ平安貴族たちによって、
日本人の好みにあった優しい色合いの上品で優美な和様の文様が生み出されていったのです。

日本を代表する染織史家であり
正倉院裂の復元などを精力的におこなっている吉岡幸雄さんの言葉から、
千二百年前の染織物がどれほどに素晴らしいものかをお伝えしておきましょう。

「・・・正倉院の染織を頂点に、技術は手抜きの歴史なのです・・・」

人類は進み成長を続けていると思ってはいけません。
古代の人々が道具も機械も不十分ななか
作り上げたものを私たちは再現することすら困難なのです。
文明の発達とともになくしてしまった
視覚・聴覚・触覚・そして臭覚などの鋭く純粋な機能は
どれほどまでに素晴らしいものだったのでしょうか・・・。

桜舞う日のポプリ
「桜舞う日のポプリ」
「桜舞う日のポプリ」
桜と同じ芳香成分をもつトンカビーンズを加えた桜のモイストポプリ
【調合】
ピンクソルト カップ2
「ヒマラヤ・ローズソルト粒」
粗塩 カップ半分
桜花漬け 大匙 2
乳香 小匙 2
トンカビーンズ 1粒
安息香オイル 2~3滴
丁子オイル 1~2滴
金平糖 適宜

粗塩に様々な香りの材料を漬け込んでつくるモイストポプリは、
十八世紀のフランスで盛んにつくられた香りの楽しみ方です。
熟成期間は二~三ケ月と長くかかりますが、
粗塩には腐敗をふせぎ香りを保つ力があるので、数十年も香りを楽しむことができるでしょう。
ドライポプリでは決して生み出せない、甘く女性的な芳香がこのポプリの魅力です。

今回は “桜の塩花漬け”に様々な香料を調合して仕上げました。
めでたい日の桜茶につかわれる桜の花漬けは、
お湯を注ぐとユックリと開き始め
桃色の花びらが優雅にユラユラ揺れる様がとても美しいですね。

これは摘み取った桜の花を塩漬けし梅酢を加えてつくられていますので、
ポプリが完成したばかりは梅酢の香りが強く感じられるかもしれませんが、
飾っていくうちにそうした香りは抜け、爽やかな桜本来の優しい芳香が残ります。
桜の優しい色合いに
ピンク色に染まったヒマラヤの岩塩“ピンクソルト”の輝きが桜のポプリをさらに引き立てます。
ひらひらと舞い落ちた桜の花びらを一片添えて飾りましょう。

「桜の香り花びら」
「桜の香り花びら」マシュマロ粘土・桜のオイル・染料など舞桜 『桜の香り花びら』
軽量粘土・染料赤・桜のオイル「吉野」・桜の型・江戸唐紙「松が枝」

マシュマロ粘土に桜のオイルを練り込んでつくった桜の香り花びら。
薄く成型するほどにヒラヒラと風に舞い散る桜のような
繊細な花びらに仕上がることでしょう。
「桜舞う日のポプリ」にひとひら添えて、桜吹雪の樹の下にソッとたたずむ喜びを演出します。

可愛らしいピンクの桜、大人っぽい白い桜、
優しい表情の白地にほんのりピンクの混じった桜、さらに妖艶な薄墨桜、
練り込む色によって様々な花びらをつくることができます。

さあ、あなたはどの様な桜がお好きでしょうか・・・。

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